H E I A N K A Y O T O K E R Y U
The Heian period songs Toke-ryu

   


雑芸「伊佐立奈牟(いざたちなむ)」
平成15年9月に故・芝祐靖先生より平安楽舎のためにと、楽譜をいただきました。


源博雅生誕千百年を期に

源博雅(所蔵画)


 日本の歴史上の人物の中で、源博雅(みなもとのひろまさ。延喜18年~天元3年/918~980)ほど多くの逸話を遺している人物は希有と言えます。さながら神の如く、妙なる楽の音とともに生まれ出でたとか、琵琶の秘曲を修得するため蝉丸法師の住む逢坂に3年間毎夜通ったなど枚挙にいとまがないほどです。
 博雅は多くの楽器の演奏に秀で、また研究者としても多くの楽譜を撰集し、そして作曲も行うという三拍子揃った近代以前における最も偉大な音楽家の一人と位置づけられます。

 その博雅を祖とするのが平安歌謡の藤家(とうけ)流です。平安時代の歌謡である催馬楽(さいばら)と朗詠には、藤家流と源家流の二派があり、藤家流は鎌倉時代に、源家流は室町時代に廃れてしまいました。
 現行雅楽の催馬楽と朗詠は、江戸時代に再興された源家流の系統とされていますが、源家流の最古の譜と比較すると驚くほど異なっています。

 現行雅楽の朗詠において、付物(伴奏楽器)となるのが三管(笙、篳篥、龍笛)ですが、平安時代において朗詠の付物として笙、篳篥が用いられた記載、形跡はありません。
 朗詠研究の第一人者である青柳隆史氏は論文「源氏物語の中における朗詠と歌謡」において、『源氏物語』に記載されている「朗詠の場合には、89例中5例(琴2例、和琴、琵琶、笛各1例)にしか楽器の伴奏がなく・・・」(筑波大学国語国文学会発行「日本語と日本文学」P.17-26、1988,09,30)と書かれています。

 平安楽舎では、令和元年11月11日の創立二十周年の記念行事の一環として、最古にして完本である藤家流朗詠譜の解読研究に着手し、同年9月13日に稽古を開始しました。
 さらに、博雅生誕千百年を記念して、令和2年1月7日に長谷川景光著『藤家流朗詠撰輯』(B5版34頁17曲収載)を完成し、その研究成果に基づき3年1月10日には、同著『藤家流朗詠撰輯龍笛譜』(B5版34頁17曲収載)を完成しました。

  



 さらに、『藤家流朗詠撰輯龍笛譜』と同様に付物譜である長谷川景光著『藤家流朗詠撰輯琵琶譜』(B5版36頁、18曲収載)を、以下の内容で令和3年3月に完成しました。

 春部
   臨時客 第一曲 倭漢朗詠集 祝 第一編 現行曲 嘉辰
   花逍遙 第六曲 倭漢朗詠集 紅梅 第二編
   花逍遙 第八曲 倭漢朗詠集 落花 第三編
 夏部
   第二曲 新撰朗詠集 松 第三編
 秋部
   七夕 倭漢朗詠集 同名 現行曲 二星
   月 第六曲 新撰朗詠集 柳 第二編
   大井川逍遙 第二曲 新撰朗詠集 紅葉 第一編 現行曲 紅葉
 冬部
   五節 新撰朗詠集 帝王 第二編 現行曲 徳是
 雑部
   仙家 第三曲 倭漢朗詠集 鶴 第六編
   管絃遊 第四曲 倭漢朗詠集 管絃 第一編 現行曲 一聲
   雑 第六曲 通名 流泉
 増補
   夏 第一曲 傍題 納涼 新撰朗詠集 同名 第三編
   夏 第三曲 傍題 郭公 新撰朗詠集 同名
   秋 傍題 鹿 新撰朗詠集 同名 第一編
   遊女 第一曲 新撰朗詠集 傍題 鹽商婦
   遊女 第二曲 新撰朗詠集 傍題 琵琶引
   将軍 倭漢朗詠集 同名 第一編
   初冬 倭漢朗詠集 同名 第一編


嘉辰ではなく臨時客


 上掲画像は、藤家流朗詠譜の鎌倉時代の写本に収載された「臨時客」の楽譜です。
 現行雅楽の曲名は「嘉辰」ですが、曲名が異なるだけでなく、博士(墨譜)が現行雅楽朗詠譜とは左右逆、すなわち記譜法が異なり、さらに博士の形状が全く異なり、旋律に大きな違いがあります。

 臨時客とは、突然やってきたお客のことなどではなく、平安時代、正月2日に摂政、関白、大臣家で大臣以下の貴族を招いて催した格式の高い宴会のことです。
 藤家流朗詠譜では筆頭の曲であり、春の部の第一曲に掲げられています。しかも、曲題の前に、わざわざ「春の部の始めに入るべき也」と書かれています。
 さらに、「ただ宴にわきまふのみ」、つまり、宴に備えて心得るようにと。さらに、祝いの時、最前に必ず之を詠うべし」とも書かれています。

 一方、藤原公任が平安時代中期の長和2年(1013)頃に撰集した『和漢朗詠集』における分類は春の部ではなく、その他の分類である「祝」の部に置かれています。

 この漢詩の作者につて、楽書、楽譜、また『雅楽辞典』にも記載がありませんが、この詩は謝偃(しゃえん。~643)の『雑言詩』に収められています。謝偃は、隋から唐初にかけて活躍した文人、政治家人で、漢詩と散文の中間的存在である賦(ふ)を得意としました。


藤家流催馬楽における要の三譜

長谷川景光著『藤家流催馬楽管絃譜』

 斯学の泰斗である林謙三氏は、論文「催馬楽における拍子と歌詞のリズムについて」(『奈良学芸大学紀要 8(1)』、1959-02)において、次のように記しています。「今日聞くことのできる催馬楽は江戸初期以来徐々に復興された6曲と今世紀以来、楽家や好事家の手により再興された数曲にとどまる。しかもこれらは式楽として、あるいは尚古趣味から生れたものであり、はじめから学問的研究に目的をおいていないから、その一部を除くとこれらを資料としてとりあげてみてもうるところはわずかである。ところが多くの人々は今日の催馬楽をそのまま平安朝のもののように錯覚しがちなところに、いろいろのあやまりをともなうことに気がつかないでいるようである。」

 そこで、藤家流『催馬楽笛譜』を中心に置き、藤家流催馬楽の歌詞・拍子譜である天治本『催馬楽抄』、そして藤家説を記した楽琵琶譜である『三五要録』の三書を要の譜として、令和3年8月28日、長谷川景光が初めて平安朝催馬楽の解読復元を達成しました。
 これを端緒として研究を進め、藤家流『催馬楽譜』の笛譜全曲を収載する『藤家流催馬楽管絃譜』を令和4年に発行する予定です。

【現行雅楽曲】
 呂歌
   安名尊
   山城
   席田
   蓑山
 律歌
   伊勢海
   更衣

【藤家流催馬楽管絃譜の収載曲】
 呂歌 雙調曲
   安名尊 三段
   此殿 二段
   妹与我
   席田 二段
   夲茲 二段 天治本催馬樂抄三五要録曲名夲滋
   美作
   山城 三段 天治本催馬樂抄非収載
 律歌 平調曲
   青柳 二段
   伊勢海
   更衣
   庭生
   飛鳥井
   刺櫛


平安朝郢曲発音法


1.郢曲(えいきょく)
 郢曲とは、平安時代から江戸時代における雅楽、すなわち宮中芸能の一分野である歌物と位置づけられる歌曲の総称です。
 平安楽舎では、催馬楽・朗詠を、藤家流、源家流の二流派の内の藤家流で、しかも平安朝楽譜で演奏していますが、これに加えて平安朝神楽歌を含めて平安朝郢曲と位置づけています。

2.平安時代の発音
 奈良時代に、「母はパパだった」という冗談めかした比喩はご存知でしょうか。奈良時代からに平安時代初期頃まで「は」の文字は「ぱ」と発音し、平安時代中後期では「ふぁ」、江戸時代に至って「は」と発音するようになったとされています。
 さて、再興した藤家流では、これまで言わば現代語発音で歌唱してきましたが、源博雅を祖とすることから、博雅の没年が天元3年(980)であることを考慮し、平安時代中後期の発音で歌唱することを目標としてきました。

3.諸説ある発音法
 平安時代中後期は日本語発音の転換期であり、それ故か諸説が存在します。特にサ行については、長い間、確固たる説を見出せませんでした。
 例えば、名古屋大学名誉教授で言語学者の釘貫亨著『日本語の発音はどう変わってきたか』では、「平安時代語(10世紀前半)の音節」としてサ行を「さ、しsi、す、せ、そ」であると記されています。この他、「さ、しぃ、す、しぇ、そ」、また「しゃ、しぃ、しゅ、しぇ、しょ」といった説があります。
 これについて、博雅の没年の約6年前に成立した『蜻蛉日記』(藤原道綱母著)における記載「天風うち吹きて、海のおもていとさわがしう、さらさらとさわぎたり」の考察から、一定の結論を導き出すことができました。この「さらさら」と言う文字が、現代の「さらさら」という発音だとすると、波立った様子は伝わらず、「つぁらつぁら」の発音だと少しは波立った様子が伝わるのではないかという見解があります。しかし、サ行の発音が「つぁ、つぃ、つ、つぇ、つぉ」であるというのは、平安時代初期までであるというのが定説です。
 一方、「しゃらしゃら」の発音であっても、白波が立つ様子を表現しているという見解があります。
 この立脚点から推察するならば、平安時代中後期のサ行の発音は、「さ」の文字の発音を「さ」とする、「さ、しsi、す、せ、そ」の説でも、「さ、しぃ、す、しぇ、そ」の説でもないということになります。

4.平安朝郢曲発音法
 上記のような考察に基づき、平安楽舎における平安朝郢曲発音法を定め、令和6年度より、まず藤家流の催馬楽・朗詠において採り入れることにしました。(長谷川景光)



演奏・普及活動

平安歌謡藤家流宗師・長谷川景光(令和4年6月4日撮影)

 当流は、令和元年9月13日に発足し、当初は藤家流朗詠会と称していましたが、前述のようにその約2年後に藤家流朗催馬楽の解読復元を達成したことから、令和3年8月28日に平安歌謡藤家流と改称いたしました。
 今後は、平安楽舎において定期的に稽古を実施し普及活動を行うと共に、公演・演奏会等において披露するなどして演奏活動にも努めていくことにしています。



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平安歌謡 藤家流